12本の動画と3時間睡眠、マルクスとヘーゲルが腑に落ちた夜
昨日は12本の短い動画と
90分の長い動画を撮影しました
倒れるように寝込みました
でも不思議ですね
本当に倒れるように寝込むとほんの3時間で起きてしまいます
さてそんな寝れない夜のこと
最近聴いているラジオで
ヘーゲルの弁証法について学びました
「現実的なものは理性的であり、理性的であるものは現実的である」
というあまりにも有名な言葉ですが、僕はこの言葉に高校三年生のときに出会いました
友人たちと茶化しておりました
ですが、昨日の深夜3時において
この言葉の意味がおぼろげながらわかったのです
気づく喜びっていうのを忘れてましたが
ラジオが思い出させてくれました
さらにヘーゲルの影響下にある
そしてマルクスの唯物史観
これもわかりました
つたないがら資本主義に生きる読者さんのために解説を試みようと思います
マルクスは労働者や資本家というのは善悪によって存在しているわけではないと考えました
ただマルクスは社会が資本家という役割を作って、労働者という役割を作ったと考えました
つまり僕達は社会の中で生き方を決められているということですね
なんとなくわかる気がします
23歳の頃
断食をしました
ほんの4日間だったと思います
でもそのとき嫌に六本木の看板が見えました
餃子
油と脂がたっぷりついた
ジューシーなぎょうざ
黄色と赤色に彩られた看板が目に脳に飛び込んできました
ぼくは自制心も何もかも捨て去り
当時の彼女と一緒にやってた断食を忘れ
ぎょうざに今すぐ飛びつきたい
ジューシーな味をかみしめたい
そう思ってフラフラとお店に入り…そうになりました
でもそこでふと思いました
僕達の食欲、金銭欲、性欲などの肉体的な欲求でさえも看板ひとつで書き換えられてしまいます
しょせんはそういうことなのではないか?……と……
この体験と唯物史観を絡めてみると
なんだか分かりました
・バーキンが欲しいと思っている自分
・整形したいと思っている自分
・若さを求める自分
・いい家やいい車が欲しいと思う自分
それらは僕らの意識に存在しているのではなく、ただ社会がそうであることを僕らに求めている
そういうものでしかないし
そういうものから僕らは逃れられない